向き合えない自分を見つけたとき ― “信じる力”の本当の意味
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自分を振り返れない瞬間
人は、自分を振り返れないときがあります。
それは怠けているからでも、意地を張っているからでもなく、
**「気づいてしまったら、自分が壊れそう」**と感じる瞬間。
うすうす、自分の中に“修正点”があると分かっている。
でも、そこに触れたら一気に落ち込みそうで、怖くて目を逸らす。
自分に気づいているのに、向き合えない理由
例えば、こんな場面。
- 勉強時間も取っている
- 努力もしている
- 集中力もある
- 勉強体力もある
それでも、成績が伸びない。
そのとき、「勉強のやり方に原因があるのかも」と思う瞬間がある。
でも、そこに手をつけると、
「今までの努力が否定されるようで、怖い」。
だから、ノートの書き方や勉強法を変えられず、
同じパターンを繰り返してしまう。
大人にも同じ構造がある
これは学生だけの話ではありません。
たとえば、独立して働く人。
頑張っている。
チャンスも来ている。
人にも恵まれている。
それでも、利益が出ない。
「原因はどこかにある」と感じながらも、
金銭感覚や経営の見直しなど、
“根っこ”にある部分に手をつけられない。
「修正できない」のではなく、「凹みそうで怖い」
実は、修正できないのではなく、
“修正したら自分が凹むかもしれない”という恐れが
私たちを止めている。
「自分が間違っていた」
「これまでの努力は少しズレていた」
そう気づくことは痛みを伴う。
でもその痛みを超える“自分を信じる力”が足りないと、
せっかくの成長のチャンスを見逃してしまう。
自己信頼がある人の「怖さ」との向き合い方
一方で、自己信頼が育っている人は少し違います。
薄々「今のやり方、違うかも」と気づいたとき、
怖さを感じながらも、そこに飛び込んでいく。
まるで水の底に沈んだ餌を見つけた魚のように、
「その奥に次のステージがある」と知っているから、
手を伸ばすことをためらわない。
むしろ、そこにワクワクさえ感じている。
なぜなら、これまで何度も乗り越えてきた経験から、
「一度崩れても、必ず立て直せる」と、
根拠のない確信=生きた自己信頼を持っているから。
自己信頼とは、「信じよう」とすることではない
ここで大切なのが、自己信頼の本質です。
ただ「自分を信じよう」と力むのではなく、
「信じようとしなくても、信じられてしまう状態」。
それは、意識の上ではなく、心の奥で自然に湧く感覚。
経験・痛み・回復の積み重ねが支えになって、
“気づけば信じている”状態。
そこにたどり着くと、
修正点を見つけても怖くない。
「きっと立ち直れる」と、根っこでは分かっている。
🌿 MBDGs College が育てているもの
MBDGs Collegeでは、
この「信じようとしなくても信じられてしまう」状態――
自己存在感を土台にした自己信頼を育てています。
それは、成果を求めるためのメンタルではなく、
“ありのままの自分で、何度でも立ち上がる力”。
あなたの中にすでにあるその根っこを、
温めていきましょう。

